勉強法とメンタルケア

正答

 
個性を尊重するためには、
 
個人の持つ可能性が顕在化してくるのを待たねばなりません。
 
多くの知識を効果的に吸収させようとすると、
 
それはむしろ個性を破壊することになります。
 
評価を「客観的」にするという大義名分のために、
 
「正答」が決まっている問題を速く解く訓練をすることは、
 
個性を失わせることに繋がる危険性を持ちます。
 
 
 
 
 
 
 

医者の日常

 
医者はとにかく呼び出される存在です
 
院内ではPHSを持たされます
 
いつどこから掛かってくるか判りません
 
患者や家族に癌の告知や治療の無効性
 
予後が限られているような厳しい話しをしている時に
 
PHSが鳴ることでその場の雰囲気は一気に険悪になります
 
 
 
 
 

学習塾のクレーム対応

 
大手学習塾のクレーム対応担当者は
 
怒って塾をやめられたらお金が入って来なくなりますから
 
「儲け」だけを考えて
 
クレームが来るたびに新しい提案を行って
 
一時的に親の怒りを鎮め
 
受験終了まで引っ張るという対応をしています。
 
 
 
 
 

叱りたくても叱れない

 
親も教師も叱りたくても叱れない現状があります。
 
その結果、
 
少々のことは許されると思い込み
 
自分の過ちは決して認めない子どもが増えています。
 
自己正当化の傾向が強くなりますが
 
同時に何でも他人のせいにする
 
他責的な傾向も蔓延しています。 
 
 
 
 
 

思春期の「悪」

 
思春期は人間を底から造り替えるような大変なときです。
 
このときに何らかの「悪」を経験しない人はいないでしょう。
 
その「悪」の経験によって、
 
様々な形で鍛えられ大人になっていきます。
 
「悪」と言っても、
 
それは大人の標準によって言っているだけで、
 
思春期の子どもにとっては、
 
何だか判らない内にやってしまった、
 
というのが実感でしょう。
 
 
 
 
 

評価に翻弄される

 
人一倍真面目で健全な社会的承認を求めている人は
 
社会から外れて生きることを求めてはいません
 
他人に認められたいという欲求を捨てることもできません
 
その欲求が過剰に強いので社会に出ることが恐ろしくて堪らなく
 
その容赦のない評価に足がすくむのです
 
 
 
 
 

予備校・大手学習塾の合格実績

 
毎春、
 
おめでたい情報が溢れる中
 
「塾と家庭教師漬けの生活だったのにどこも受かりませんでした」
 
「最後まで偏差値40代で滑り止めも不合格に終わりました」
 
などという惨敗事案は殆ど紹介されることがありません。
 
各学校の競争率を考えれば
 
不合格者は確実に存在している筈なのに、
 
これはどうしてなのでしょうか。
 
春に悔しい思いをしている子どもの方が圧倒的に多いのが現実です。
 
 
 
 
 

いじめと子どもの世界

 
「いじめ絶対反対」という態度は、
 
子どもの行動を規制したり、
 
支配したりする方に偏って硬直していくと、
 
子どもの固有の世界を壊す危険性を十分に自覚する必要があります。
 
子どもは互いにぶつかり合いながら、
 
相互に切磋琢磨しています。
 
その世界を尊重する気持ちを持ちつつ、
 
限度を超えぬ守りとしての役割を、
 
大人が果たすように考えるべきではないでしょうか。
 
 
 
 
 

拒食と母親

 
娘が拒食症や引きこもりになると
 
母親は「私が何とかしなければ」という意識に囚われ
 
過保護・過干渉が増大します。
 
一方娘は
 
外出できなくなったりするため
 
母親がいなければ生活することが困難になり
 
母親への依存を強めてしまいます。
 
母親はさらに支配を強めてしまう悪循環に陥るわけです。
 
 
 
 
 

受験のストレス

 
充分に検討した上で敢えて動かないというのは
 
非常に難しいことです
 
人間の本質はこの点では
 
物理学の慣性の法則と違って
 
「じっとしていられない」ということがあるものです
 
「静止している」という外観からは惰性に因るのか
 
敢えてそうしているのかは区別がつきませんが
 
「静止状態」はかなりのストレスが溜まるようです
 
 
 
 
 
 

スマホ

 
家族間で何かがあれば、
 
課題を持って何かを作り上げていかなければならないのに
 
携帯電話やメールなどがあると
 
課題が発酵する前に外に出て行ってしまいます。
 
外に出て行ってしまうと
 
親もその異変に気が付きません。
 
 
 
 
 
 

難関校受験と個性

 
序列の高い大学へ行くほど幸福だという
 
単純な幸福感が支配しています。
 
そこへ子どもを押し込むために、
 
日本中が努力しますから、
 
学校もいきおいその期待に応えようとします。
 
子どもの幸福のためにと言いながら、
 
子どもの個性をすり減らしているようなものです。
 
 
 
 
 
 

受験生に言ってはいけない言葉

 
NGワード「もっと頑張れ!」
 
勉強しなくてはならないのに
 
頭も身体もいうことをきかないことで焦り
 
不安になり逃げ出したい気持ちになっている心理状態の子どもに
 
とどめを刺すような言葉です
 
 
 
 
 
 

プロ講師の真偽

 
プロ講師と言われる人は「自称」であり
 
真の「プロフェッショナル」と思える人と会える機会は殆どありません
 
以下、ダメなプロ家庭教師
 
・解説ばかりしている
 
・不必要な雑談が多い
 
・誤答をすると暴言を吐く
 
・授業時間を延長したり追加授業を求めてくる
 
・自分の学歴や昔の偏差値を自慢する
 
 
 
 
 

未成熟

 
幼い頃に溺愛され必要なときにも叱られずに
 
何でも許されたという人は
 
都合の悪いことは全て人のせいにして
 
少しでも傷つけられると過剰に反応し
 
相手を復習しようとします
 
親の愛情が極度に不足しても過度に与えられても
 
どちらも成熟を妨げることになります
 
 
 
 
 
 

英数の伸び悩み

 
受験勉強を懸命にやっても
 
そう簡単には成績は上がりません。
 
英語・数学は殊に顕著で、
 
勉強開始後三ヶ月から半年を要します。
 
脳というのは、
 
あることを習得してそれを自由に使いこなせるようになるために、
 
「熟成」の期間が必要なのでしょう。
 
天才の集中時間と似ています。
 
 
 
 
 
 

苦しさからの逃避

 
現実から距離をとることと、
 
現実から事実を超えた意味を汲み取ること、
 
どちらも生きるための哲学として、
 
精神の破綻から身を守るためのものです。
 
生きるための哲学が先にあるのではなく、
 
生きるための営みがそれを自然と必要とし、
 
ぎりぎりの生を支えるために生み出されていきます。
 
 
 
 
 
 

きょうだい間の学力差

 
子どもがたくさんいれば
 
中には出来の悪いのがいるのは当たり前です。
 
ところが今は
 
一人か二人の子どもを皆いい子に育てるという前提でやっていて
 
それができると思っているところが
 
大きな間違いです。
 
 
 
 
 
 

見えないいじめ

 
シカトという何もしない負の、
 
あるいは透明な暴力が出てきました。
 
手をくださないのですから、
 
大人に叱られても暴力は振るっていないと返せます。
 
子どもは暴力の抑圧から逃げたいわけですから、
 
見えない暴力としてのいじめを創り出してきた気がします。
 
これは非常に厄介です。
 
 
 
 
 
 

親の目の届かないところ

 
子どもは親の知らないところで、
 
少しずつ怖い目にあって「ああここでやめておこう」という
 
体験を重ねていきます。
 
小出しに危ないことをどこかでやりながら、
 
大人になっていきます。
 
親の眼の届かないところで子どもが育っていることに対する信頼感を、
 
親が持てるかどうかというのは大きいことです。
 
 
 
 
 
 

勉強する意味を尋ねる

 
親に「何で勉強しないといけないの」と聞いたら、
 
「くだらないことを聞くな」で終わりでした。
 
それは「考えるな」ということではなくて、
 
あとは勝手に自分で考えるということ、
 
もしくは忘れるかでした。
 
今は理論を構築して頭で考えろと言われますから大変です。
 
 
 
 
 
 
 

いい学校からエリートへ

 
「いい学校」に合格し「エリート」にならないと
 
どうにもならないような危機感が
 
子どもに植え付けられると
 
子どもはそれ以外の幸せのイメージを持つことができず
 
受験に失敗すると
 
絶望感や自己否定を抱え込むことになります。 
 
 
 
 
 
 

反抗期と母親と受験

 
「いい学校」に合格し「エリート」にならないと
 
どうにもならないような危機感が
 
子どもに植え付けられると
 
子どもはそれ以外の幸せのイメージを持つことができず
 
受験に失敗すると
 
絶望感や自己否定を抱え込むことになります。 
 
 
 
 
 
 

自信喪失受験生

 
能力も長所もないので、
 
どうせ失敗してしまうという思い込みを持つ人がいます。
 
小さい頃から出来なかったことばかりあげつらわれ、
 
傷つけられ続けた結果であることが多いようです。
 
褒められたことがないという人が多いのも、
 
そのためです。
 
 
 
 
 
 
 

私立大学医学部格差

 
関東地方の医学部の多くが私立大学です
 
7割を超える医学部が私立です
 
私大医学部の授業料は高額です
 
6年間で4000万円以上かかるところもあります
 
日本は奨学金制度が未整備なため
 
普通の家庭に生まれた子どもが
 
私大医学部に進学するのは困難です
 
関東では開業医など一部の富裕層の子どもしか
 
医学部に進学できない格差社会が出来上がっています
 
 
 
 
 
 

夏休み前の勉強

 
夏休みを前に意気込みを新たにして
 
七月八月から来る日も来る日も猛勉強を続けたとします
 
休み明けの九月の実力テストに期待しても
 
点数はさほど変わらないことは十分にあり得ることです
 
夏休みの勉強の効果が現れ始めるのは
 
早くても秋以降です
 
翌年二月に受験を控えている場合には
 
間に合うか否かの最終ラインです
 
努力の成果が数字に現れるのは早くても三ヶ月を要します
 
 
 
 
 
 
 

我が子への期待値

 
我が子に対して普通以上のことを期待していることが多いようです。
 
本当に普通で良いと思っていたら大したものです。
 
中々そうはいかなくて、
 
「これくらいじゃないと普通とはいえない」とか言って、
 
高いところを見ています。
 
 
 
 
 
 
 

競争を否定する人

 
競争心・闘争心というのは低く評価されます。
 
「競争」ということを目の仇のように言う人がいますが、
 
欧米では競争の存在は当然で、
 
それをフェアにするかどうかという点には心を使いますが、
 
競争をなくそうとは思いません。
 
どのようなルールの下において競争するのが良いかと考えます。
 
 
 
 
 
 
 

庶民系の保護者

 
庶民系親は
 
子どもに自分より高い学歴を望む「上昇志向」から
 
受験を考えています。
 
子どもの出世を望むというより
 
「手に職を」ということで医学部を狙う親もいれば
 
「とにかく大学だけは出ておかないと」ということで
 
大学進学そのものを目標にする親もおり様々です。
 
 
 
 
 
 
 

憎まれ口

 
クローンで生まれようが
 
人工授精で生まれようが
 
ともかく子どもにしてみれば
 
自分の意思で生まれたわけではありません。
 
年頃になると
 
「頼んで産んでもらったわけではない」と憎まれ口をききます。
 
親がそれに言い返す言葉は
 
「私だって同じだ」くらいでしょう。
 
それが自然ということです。
 
 
 
 
 
 

勉強が苦手な子ども

 
問題を見るなり
 
すぐさま作図を始めて答えが間違っているような場合
 
「勉強」を「作業」と勘違いしているということですから
 
この層の子どもは
 
「勉強ができない」のではなく
 
「勉強」がどういう行為なのかが判っていません。
 
「勉強」ということと「理解」ということが結びついていないと言えます。
 
 
 
 
 
 
 
 

打たれ弱い受験生

 
成績が落ちたり
 
出世競争で誰かに先を越されたりして
 
いったん挫折すると
 
不登校や出社拒否に陥りやすいものです。
 
ゼロか100か
 
全てか無かで中間がないために打たれ弱いのです。
 
 
 
 
 
 
 

子どもの凄さ

 
他の家が全部与えているのに、
 
うちの子どもだけ無いと可哀想に思う親がいますが、
 
子どもは判っていれば怒りません。
 
玩具がなくても工夫して遊びます。
 
玩具を持っていないということに、
 
誇りすら覚える子どもはいます。
 
 
 
 
 
 

扱いやすい子ども

 
 専門家にとって難しいのは、
 
「扱いやすい子どもでした」という場合です。
 
ひょっとしたら子どもは信号を出していたのに親が気付いていなくて、
 
それで扱いやすいと思っていたのかもしれません。
 
あるいは、
 
親が気付かないので、
 
段々と出さなくなってきたのかもしれないわけです。
 
 
 
 
 
 

モンスターペアレント

 
我が子の容姿や才能を過大評価して
 
過剰ともいえる期待をかけ
 
思い通りに子どもが活躍できないと
 
モンスターペアレント化する親を見ていると
 
親のナルシシズムに突き動かされていると思います。
 
 
 
 
 
 
 

大手学習塾の「対策」

 
大手学習塾では
 
合格実績に貢献する上位一割が大切で
 
残りの九割は「お客様」のようです。
 
受験に必要な全教科全範囲が教えきれなかったら
 
必ずクレームが出ますから
 
何が何でも全部終わらせ
 
実績が出やすくクレームが出にくい仕組みになっています。
 
 
 
 
 
 
 

感謝の気持ち

 
感謝の気持ちを失ってしまった人は、
 
不利なことばかりに目が向き、
 
不満ばかりを感じて余計生きづらくしてしまいます。
 
目の前の損得にしか行動の基準を見出せないことで、
 
損得以上にもっと大事なものを失っていくのです。
 
 
 
 
 
 
 

道徳教育

 
道徳教育には、
 
教えたり教えられたりする態度が必要です。
 
真の道徳性に触れたとき、
 
子どもは自律的であり創造的であり、
 
知能や年齢とは関係のないものであることを知っておく必要があります。
 
教える側の悪い癖によって、
 
子どもの創造的な道徳性の芽が、
 
摘み取られてしまうことが多いのです。
 
 
 


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